時短勤務2ヶ月目、共働きで崩れ始めたのは“家のバランスを管理する私の心”だった




夫に任せるのは心配だ。
気づいたら夫の育児力を信用できなくなっている。
私の育児力が夫より優っていると自分を過信しているからかもしれない。
そうは言っても、とにかく自信がない。
私はちゃんとできているのだろうか。
娘の体調を理解出来ているのだろうか、そんなふうに自分に自信はないわりに夫よりは理解出来ている自信がある。

その矛盾が、じわじわと私を疲れさせている。

時短勤務2ヶ月目。
仕事のリズムに慣れ始めた頃、家の中のバランスが崩れ始めた。

保育園からの呼び出し。
急な発熱。
終わらない家事。

「今日はどうする?」

その一言に、私は身構える。

本当はお願いしたい。
でも任せるのは不安。

任せたあとも頭の中で段取りを考えてしまう。
薬は? 食事は? 熱が上がったら?

結局、私は任せきれていない。
物理的に不在になるだけで、心はずっと家にある。

もやもやの正体は何だろう。

夫が動いてくれないから?
要領が違うから?
私のほうが大変だから?

違う気がする。

もしかしたら私は、
「ありがとう」や
「大変だったね」や
「職場どうだった?」という
ほんの少しの言葉を待っているのかもしれない。

心からの感謝や、私の世界を気にしてくれる声かけがあれば、きっと成仏できる。
でもそれがないと、つもりにつもっていく。

私はまた一人で抱え込む。
何でもできるふりをする。
努力して、疲弊して、ストレスを溜め込む。

夫婦二人の時間ではわからなかったお互いの顔を見て、ショックを受けていることは事実だ。

夫を信用できないのではない。
自分を信用しきれていないのかもしれない。

でも、それだけではない気もする。

共働きなのに、なぜ「母親が休む前提」になるのだろう。

気づけば保育園からの連絡は私に来る。
体調不良のとき、まず動くのは私。

話し合って決めたわけではない。
でも自然とそうなっている。

理由はきっといくつかある。

私は時短勤務であること。
「どうせ私のほうが早く上がれる」という無言の前提。

そして、収入差という無意識の圧力。
口に出さなくても、“影響が大きいのはどちらか”と考えてしまう。

さらにやっかいなのは、
「私のほうが分かっている」という思い込み。

子どもの体調の変化に気づけるのは私。
必要なものを把握しているのは私。
段取りを組めるのは私。

そうやって私は、“母親が回す家庭”を自分で強化していく。

夫が悪いわけじゃない。
私も悪いわけじゃない。

でも構造は確かにある。
その構造の中で、私は少しずつ疲れていった。

任せることは、相手を信じることでもあり、
自分を許すことでもあり、
その構造に小さく抗うことなのかもしれない。

完璧じゃなくていい。
私は今、バランスを探している途中だ。